三島由紀夫原作の小説『豊饒の海』四部作の第一部にあたる「春の雪」を、行定勲監督によって映画化されたもの。とっても美しい作品でした。
妻夫木聡と竹内結子には、三島由紀夫の美しい日本語や、当時の華族の立ち居振る舞いが今ひとつシックリこなくて残念だったけど、子どもじみた美しい青年である松枝清顕役にブッキーは合ってたと思うし、綾倉聡子の一途さと気高さは竹内結子の真っすぐな眼差しに凝縮されていたので、キャスティングは良かったのかもしれません。
(ビミョーな表現でスマソ)
雪の降った日の朝、「清様と雪見がしたい」とわがままを言って、雪見に出かけた時に、初めて二人がくちづけするシーンも可愛くて素敵でした。

(以下、ネタばれ含む)
私が涙したシーンは、聡子の宮家との婚約が済んでしまった後に、清顕と結ばれた時のこと。清顕の背中にシャツをかけてやろうとして、聡子は涙をこらえきれなくなって一瞬シャツで顔を隠します。
この悲しい恋の物語の中で聡子が涙を流すシーンは、ここだけ。聡子が出家した後に、障子の向こうからすすり泣く声は聞こえるものの、その姿は映りません。それ以外はどんなに悲しく辛い場面でも聡子は気高く気丈に真っすぐに清顕を愛して、その心の強さと潔さを感じさせます。
また、清顕が泣くシーンも一度だけ。聡子と最後にひと目会えた時に手渡されたカルタ。
「瀬をはやみ 岩にせかるる 瀧川の
われても末に あはむとぞ思ふ」
(川瀬の激しい流れが、岩にせきとめられて別れ別れになっても、
いずれ一つになるように、私たちも、きっと将来再び逢おう)
上の句と下の句を幼い時に、それぞれが分けて持っていたもので、清顕の手にその2枚が握られた時、彼は幼い時に二人で見上げた満開の桜を思い出しながら、一滴の涙を見せます。「男の人が好きな女性を思って泣くのは、こういうものなのかな?」と思うと胸が詰まりました。
原作を読んでいませんが、三島由紀夫が自らライフワークと称した輪廻転生についての作品だけあって、生と死について美しく描かれていたと思います。
「滝の下でまた会える」
清顕が逝く前に残す言葉ですが、作品の冒頭に描かれる、滝の下で死んでいた黒い犬の屍骸を、嫌な顔もせず供養してやる聡子。その犬の為に花を摘み、そこで死んでいた蝶を手に取り「可愛そうに」と見つめる聡子の美しさと共に、「例えどのような物に生まれ変わろうとも、私は必ずあなたを見つけてみせます」と、清顕の腕の中で、清顕を見上げながら言った彼女の言葉とつながります。
この世では結ばれない。
この世ではもう会えない。
しかし、来世でも必ず見つけ出してみせる。
今生では二度と会えないことを受け入れる唯一の望みに、とても切なくなりました。